松坂大輔の西武時代成績がやばい! プロ入団からメジャー移籍前まで

2018年5月30日

昨年ソフトバンクを戦力外通告され、今年より中日で再スタートを切っています。

松坂大輔ってすごい人なのという方のために、前回高校時代のすさまじい活躍について記事を

書きましたが今回はその後のプロ入り後、松坂大輔はまさに平成の怪物たる活躍しました!

今回は平成の怪物のルーキーイヤー偏として記事を書きたいと思います。

松坂大輔注目のドラフト会議とプロ入り後の活躍

運命のドラフト会議と入団決定まで

1998年のドラフトで野球ファンの注目をもっと集めたのは、もちろん甲子園を沸かせた松坂大輔の
行方です。
松坂の意中の球団は、この年にペナントレース優勝、そして日本一になった横浜ベイスターズで

でしたが、1位指名は、横浜、西武、日ハムの3球団の競合となりました。

 

そして、1位指名の当たりくじを引き当てたのは西武ライオンズ東尾監督でした!

意中の球団とは違う結果となり松坂大輔は相当悩んだことと思います。

1998年11月20日にドラフト会議で東尾監督が1位指名の交渉権を引き、そこから

松坂大輔との交渉の末、12月9日に入団の決意を固めたとの報道が流れました。

都内のホテルで、松坂と東尾監督は食事をしながら1時間30分に及ぶ入団交渉を行いその後、

東尾監督と松坂の2ショット会見では入団に対して「前向きに考えたい事実上の入団発表

行いました。



 

横浜入団を志望していた松坂を説得できた決め手は、東尾監督が自分自身生涯の宝物とした

自身200勝達成時のウィニングボールを差し出し「自分が200勝した時(84年9月15

日の南海戦で達成)のボールを受け取ってくれ」と言ったそうです。

たった、1個の野球ボールですが、東尾監督、そして松坂大輔にとって、そのボールはとてつ

なく重いボールあったと思います。

お互い投手であるからこそ分かる、そのボールの重みと込められた意味

松坂大輔は東尾監督の想いを受け入れ、ボールを受け取りました。

東尾監督は「オレにとって大切なボール。丈夫で長持ちして200勝してほしい」と差し出し

松坂は「大切なボールをもらっていいのかなと思った。家宝にします」と大事に胸ポケットにしまい

こんだということです。

この後、松坂大輔は「監督さんからたくさんいい話を聞かせていただいた、オリンピックよりプロで

頑張りたい」とコメントを残しています。

当時パ・リーグは観客の動員数が減り、オリックス三輪田スカウトの自○、ダイエーのスパイ疑惑

問題等、暗い話題ばかりのパ・リーグにとって松坂入団は久しぶりの明るい材料となりました。

売上面でも当時パ・リーグはイチローにささえられてきましたが、それも頭落ちとなり観客動員は

昨季から150万人も落ち込んでいるという状況でした。

このタイミングでの松坂大輔パ・リーグ加入というのは、まさにパ・リーグの救世主と行っても

過言ではない出来事で西武だけでなく、他球団にも「松坂効果」が表れるのは確実だと、

西武ライオンズの小野球団社長は「心からうれしい。もっとうれしいのは(プロ野球の組織

にいる人間として)プロの道を選んでくれたこと」と感激したそうです。

契約の内容は契約金1億5000万円、年俸1300万円ということで、高卒1年目18才

の青年に対して破格の条件が提示されました。




 

松坂大輔衝撃のプロデビュー

松坂大輔のプロデビューは1999年4月7日東京ドームでの日ハム戦でした。

プロ入り後先頭打者は井出竜也(現ソフトバンクコーチ)が相手でした。

初球は149キロの真っすぐで空振りをとりました。

これが松坂大輔プロ入り1球目の内容です。

この試合では初回の・片岡篤史との対戦で投げたストレートはなんと155キロを計測しています!!

片岡篤史は前年にパリーグ史上最多の年間四球を記録し選球眼の良さで知られていましたが、片岡

のこの1球における豪快な空振りは片岡の18歳の小僧になめられてたまるか!」という

プライドがそうさせたのではないか思います。

いずれにしても、プロでも変わらぬ“怪物”ぶりを示した1球となりました。

この試合は、8回2失点で勝ち投手となり、まさに鮮烈なデビューを飾りました!

その衝撃のデビュー戦のピッチングの内容が動画に上がっていますのでご参照をおねがいします。

またこの試合では改めて松坂の強心臓っぷり知らしめる出来事がありました。

5回裏に、ブランクリンへの投球が胸元の際どいところに行ったことを受け、ブランクリンが怒り

あわや乱闘寸前となりましたが松坂は一切動じず、逆に笑顔を受け壁るという強心臓っぷりを見せ

ました。

魂のエース黒木知宏との敗戦、そしてリベンジ

4月21日の千葉ロッテマリーンズ戦では魂のエースと称された黒木知宏と投げ合い、0-2で惜敗しま

した。
この試合後に「リベンジします」と宣言した松坂は、4月27日のロッテ戦で再び黒木と投げ合い

1-0でプロ初完封を記録しリベンジを果たしました。

このことから、松坂の「リベンジ」は、プロ同期で同じく鮮烈なデビューを果たした上原浩治の

「雑草魂」とともに同年の新語流行語大賞の年間大賞に選ばれたそうです。

プロ入り初のイチローとの対戦

5月16日のオリックス・ブルーウェーブ戦ではイチローとの初対決が話題となりました。

一回の第1打席。松坂大輔の147キロの直球にイチローのバットは空を切り三振。

三回の第2打席はイチローには珍しく見逃し三振。

六回の第3打席は、136キロのスライダーにイチローはタイミングを外され空振り三振。

どんな悪球でも巧みなバットコントロールで内野安打にするイチローが、高卒1年目の18歳

ルーキーに3打席連続3三振を喫し野球ファンに与えた衝撃と期待値は凄まじいものでした

松坂はこの試合後のヒーロインタビューで「プロに入ったときからずっとやりたかった」

と待ち望んで3打席連続三振を奪う最高の結果に「今までは、いまいち自信がもてなかった。

でも、今日で自信から確信に変わりました。内容も数字も大事だけど、負けない投手になりたい」

とコメントしています。プロ1年目早くもオールスターゲームの主役に

第1戦に先発して3回を投げ、高卒新人としては史上最多となる5奪三振を記録しましたが、この試合の

対戦相手は上原浩治で、同期の対決になりましたね!

お互い譲らず三振を奪い合う攻防となって盛り上がったのを覚えています。

松坂大輔は3回表に味方のエラーで自責点0ながら敗戦投手となったもののこの試合の優秀選手賞を

受賞し、オールスター新人賞も受賞しました。

圧巻の成績で締めくくったプロ1年目

この年松坂大輔は7月には月間MVPを受賞したが、高卒新人選手が月間MVPを受賞したのは1986年9月

に受賞した清原和博以来2人目で、18歳10カ月での受賞は、2015年8月に高橋光成が18歳6カ月で受賞

するまで最年少記録だった[。この年、最終的に16勝を挙げて最多勝を獲得。また、規定投球回数に到達

した投手の中では最高の勝率を記録した。ゴールデングラブ賞と高卒新人としては史上初となるベストナ

インを受賞し、高卒新人の投手としては堀内恒夫以来、33年ぶりとなる新人王に輝いた。

まとめ

平成の怪物と呼ばれ、パ・リーグの救世主的存在としてデビューした松坂大輔ですが、1年目の成績は期待

をいい方向で裏切る成績を残したのではないしょうか?

松坂大輔はあまり、知られていないかもしれませんがバッティングも相当のものです。

もし!二刀流としてプレーしていても成功していたと思います!

ただし!ある重大な要素が松坂の成功の芽をつぶし、現在の状況と至らしめています。(;´・ω・)

その重大な要素について、気が向いたときに記事を書きたいと思いますのでお暇なときに立ち寄って

くださいねー